最近の労務ニュースとして、中小企業の事業主の方にぜひ押さえていただきたいのが、社会保険の適用拡大です。
特に話題になっているのが、いわゆる「106万円の壁」の見直しです。
「106万円の壁」とは、一定の条件を満たすパート・アルバイトなどの短時間労働者が、厚生年金保険や健康保険に加入する目安として意識されてきたものです。
これまで、従業員数が一定以上の企業で働く短時間労働者については、週の所定労働時間が20時間以上で、月額賃金が8.8万円以上、年収にするとおおむね106万円以上になる場合などに、社会保険の加入対象となっていました。
しかし、令和7年の年金制度改正により、この「月額8.8万円以上」という賃金要件は、今後撤廃される方向です。
また、企業規模要件についても、10年かけて段階的に縮小・撤廃されることとされています。
つまり、これまで「うちは従業員数が少ないから関係ない」「パートさんは106万円以内に抑えているから大丈夫」
と考えていた中小企業でも、今後は社会保険の加入対象者が増える可能性があります。
ただし、制度改正には段階的な実施時期があります。
そのため、現時点で大切なのは、あわてて判断することではなく、自社のパート・アルバイトの働き方を整理し、今後どのような影響が出そうかを確認しておくことです。
社会保険の適用拡大とは
社会保険の適用拡大とは、厚生年金保険や健康保険に加入する対象者を広げていく制度改正です。
これまで、社会保険は主に正社員やフルタイムに近い働き方をする人が加入するもの、というイメージを持たれていたかもしれません。
しかし、働き方が多様化し、パート・アルバイトなどの短時間労働者も企業にとって重要な戦力になっています。
そのような中で、短時間労働者についても、一定の条件を満たす場合には厚生年金保険や健康保険に加入する対象が広がってきました。
今回の改正は、その流れをさらに進めるものです。
中小企業にとっては、社会保険料の会社負担が増える可能性があります。
一方で、従業員にとっては、将来の年金や健康保険の給付が手厚くなる面もあります。
会社側は、単に「負担が増える話」として見るのではなく、従業員にどう説明し、どのように働き方を整えていくかまで考える必要があります。
106万円の壁とは何か
106万円の壁とは、短時間労働者が厚生年金保険や健康保険に加入するかどうかを考える際に、目安として意識されてきた年収ラインです。
現在の制度では、一定規模以上の企業に勤務する短時間労働者について、主に次のような要件を満たす場合、社会保険の加入対象になります。
このうち、月額8.8万円以上という賃金要件が、年収換算でおおむね106万円となるため、「106万円の壁」と呼ばれてきました。
従業員の中には、社会保険料の負担で手取りが減ることを避けるために、年収が106万円を超えないよう働く時間を調整している方もいます。
会社側から見ても、繁忙期にシフトを増やしたくても、本人が年収の壁を気にして働く時間を増やせない、という悩みがあったと思います。
今回の改正では、この106万円の壁に関係する賃金要件が撤廃される方向です。
今後どう変わるのか
今回の改正で大きなポイントとなるのは、短時間労働者の社会保険加入要件が、よりシンプルになっていくことです。
厚生労働省の公表情報では、短時間労働者について、企業規模要件を段階的に縮小・撤廃し、賃金要件も撤廃することとされています。
これにより、将来的には、週の所定労働時間が20時間以上であれば、企業規模にかかわらず社会保険の加入対象となる方向です。
ただし、企業規模要件は一度にすべて撤廃されるわけではありません。
10年かけて段階的に対象企業が広がるとされています。
また、賃金要件についても、法律の公布から3年以内に撤廃されることとされています。
実務上は、施行時期や対象範囲を確認しながら、自社がいつから影響を受けるのかを整理することが重要です。
ここをあいまいにしたまま「すぐ全員加入になるらしい」と受け止めてしまうと、従業員への説明を誤る可能性があります。
制度の内容は、必ず最新の公的情報を確認しながら進める必要があります。
中小企業にどのような影響があるのか
中小企業にとって大きいのは、社会保険料の会社負担が増える可能性があることです。
社会保険料は、原則として会社と従業員がそれぞれ負担します。
そのため、新たに社会保険へ加入する短時間労働者が増えれば、会社側の保険料負担も増えることになります。
特に、パート・アルバイトを多く雇用している会社では、影響が大きくなる可能性があります。
たとえば、飲食店、小売業、介護事業所、清掃業、製造業、物流業、医療機関、保育関係などでは、短時間勤務の方が現場を支えているケースが多くあります。
また、単に保険料負担だけの問題ではありません。
加入対象者の洗い出し。
従業員への説明。
雇用契約書の見直し。
シフトや労働時間の調整。
給与計算や社会保険手続き。
本人の手取り変化への対応。
こうした実務も発生します。
そのため、制度改正の直前になってから慌てるのではなく、早めに自社の状況を確認しておくことが大切です。
まず確認したいのはパート・アルバイトの働き方
中小企業が最初に行うべきことは、現在働いているパート・アルバイトの勤務状況を整理することです。
特に確認したいのは、週の所定労働時間です。
今後、週20時間以上働く短時間労働者が社会保険加入の重要な判断ポイントになっていくため、まずは自社に週20時間以上勤務している人がどれくらいいるのかを確認しましょう。
確認したい項目は、次のようなものです。
現在は扶養内で働いている方でも、今後の制度改正により働き方を見直す可能性があります。
会社としても、「本人がどう働きたいのか」「会社としてどのくらい働いてもらいたいのか」を整理しておくことが大切です。
従業員への説明は慎重に行う
社会保険の適用拡大では、従業員への説明が非常に重要です。
従業員の中には、
「社会保険に入ると手取りが減るのではないか」
「扶養から外れるのか」
「今まで通りの働き方はできないのか」
「働き損になるのではないか」
と不安に感じる方もいます。
会社が十分に説明しないまま進めると、誤解や不満につながる可能性があります。
一方で、社会保険に加入することで、将来の厚生年金が増える、傷病手当金や出産手当金など健康保険の給付が受けられる場合がある、といったメリットもあります。
大切なのは、会社が一方的に「加入してください」と伝えるのではなく、制度の概要、本人の負担、将来のメリット、働き方の選択肢を丁寧に説明することです。
特に、扶養内で働いている方には慎重な説明が必要です。
家族全体の収入や社会保険の状況にも関わるため、「全員こうなります」と単純に言い切るのではなく、個別に確認してもらうことも大切です。
会社の人件費シミュレーションも必要
社会保険の適用拡大に備えるには、人件費のシミュレーションも欠かせません。
新たに社会保険へ加入する可能性がある従業員について、会社負担分の保険料がどのくらい増えるのかを試算しておきましょう。
たとえば、週20時間以上働いているパート・アルバイトが何人いるのか。
そのうち、今後加入対象になりそうな人は何人か。
それぞれの月額賃金はいくらか。
会社負担分の社会保険料はどの程度増えるのか。
こうした点を確認することで、今後の人件費を見通しやすくなります。
中小企業では、利益率が高くない中で人件費増加に対応しなければならないケースもあります。
そのため、価格設定、業務効率化、シフト管理、採用方針の見直しもあわせて考える必要があります。
社会保険の適用拡大は、単なる手続きの問題ではなく、経営計画にも関わるテーマです。
就業調整への対応も考えておく
社会保険の適用拡大により、従業員の働き方が変わる可能性があります。
これまで年収の壁を意識して働く時間を抑えていた方が、今後は勤務時間を増やしたいと考えるかもしれません。
一方で、社会保険料の負担を避けたいという理由で、勤務時間を週20時間未満に抑えたいと考える方もいるかもしれません。
会社としては、従業員の希望を聞きながら、現場に必要な人員体制を考える必要があります。
「今まで通りでお願いします」と伝えるだけでは、制度改正後にシフトが組みにくくなる可能性があります。
特に、パート・アルバイトの戦力に頼っている職場では、早めに面談を行い、今後の働き方について話し合っておくことが大切です。
その際は、会社側の都合だけでなく、本人の生活設計も尊重する姿勢が必要です。
雇用契約書や労働条件通知書の見直し
社会保険の適用拡大に備えるうえで、雇用契約書や労働条件通知書の確認も重要です。
特に、週の所定労働時間が明確に書かれているかを確認しましょう。
実際には週20時間以上働いているのに、契約書上はあいまいな記載になっている場合、社会保険の加入判断や労務管理でトラブルになる可能性があります。
また、シフト制の場合も注意が必要です。
「勤務時間はシフトによる」とだけ書かれていると、所定労働時間が分かりにくくなることがあります。
実態と契約内容がずれていないかを確認しておくことが大切です。
社会保険の適用拡大をきっかけに、パート・アルバイトの契約内容を整理しておくと、今後のトラブル防止にもつながります。
助成金や支援策の確認も忘れずに
社会保険の適用拡大に関しては、事業主や従業員の負担軽減に関する支援策が設けられる場合があります。
厚生労働省の公表情報では、社会保険加入拡大の対象となる短時間労働者について、保険料負担を軽減するための支援策も示されています。
ただし、支援策には対象者や期間、要件があります。
また、制度内容は変更される可能性があります。
そのため、「使えるらしい」と聞いただけで判断するのではなく、実際に活用する際は最新の公的情報を確認することが必要です。
助成金や支援策は、申請前の計画や手続きが必要なものもあります。
後から「知らなかった」「要件に合わなかった」とならないよう、早めに確認しておくことをおすすめします。
誤解しやすいポイント
社会保険の適用拡大では、誤解が生じやすい点があります。
まず、「106万円の壁がなくなるから、誰でもすぐ社会保険に入る」というわけではありません。
週の所定労働時間や雇用期間、学生かどうかなど、他の要件も関係します。
また、企業規模要件は段階的に縮小・撤廃されるため、自社がいつから対象になるのかを確認する必要があります。
次に、「社会保険に入ると必ず損」というわけでもありません。
確かに、従業員本人の手取りが一時的に減る場合はあります。
しかし、厚生年金に加入することで将来の年金が増える可能性があり、健康保険の給付面でもメリットがあります。
会社としては、負担面だけでなく、制度の全体像を説明することが大切です。
最後に、「パート本人の希望だけで加入する・しないを選べる」というものでもありません。
法律上の要件を満たす場合には、原則として加入が必要です。
本人が希望しないから加入しない、会社が負担を避けたいから加入させない、という扱いはできません。
この点は、特に注意が必要です。
中小企業が今確認したいチェックポイント
社会保険の適用拡大に備えて、中小企業が今確認しておきたいポイントを整理します。
すべてを一度に完璧に行う必要はありません。
まずは、週20時間以上働く短時間労働者がどのくらいいるのかを確認することから始めるとよいでしょう。
まとめ:社会保険の適用拡大は早めの確認が大切
106万円の壁の見直しや社会保険の適用拡大は、中小企業にとって大きな影響があるテーマです。
特に、パート・アルバイトを多く雇用している会社では、今後の人件費、シフト、人材確保、従業員説明に関わってきます。
ただし、制度改正には段階的な実施時期があります。
そのため、必要以上に不安をあおるのではなく、自社にいつ、どのような影響があるのかを冷静に確認することが大切です。
まずは、現在の従業員の働き方を整理すること。
次に、社会保険加入対象となりそうな人を洗い出すこと。
そして、会社負担や従業員への説明方法を考えること。
この3つから始めると、実務対応が進めやすくなります。
社会保険の適用拡大は、単なる法令対応ではありません。
従業員の働き方、会社の人件費、採用・定着にも関わる重要な労務管理のテーマです。
「制度が始まってから考える」のではなく、今のうちから自社の状況を確認し、無理のない準備を進めていきましょう。
出典:
厚生労働省「年金社会保険の加入対象の拡大について」
厚生労働省「年収の壁への対応」
厚生労働省「年金制度改正法が成立しました」
厚生労働省WEBマガジン「令和7年度年金制度改正法が6月20日に公布されました」

