最低賃金の引上げが続く中で、中小企業の事業主の方からよく聞くのが、
「賃上げは必要だと分かっているけれど、原資をどうするかが悩ましい」
という声です。
人手不足の中で、賃金を上げなければ採用も定着も難しくなっています。
一方で、売上や利益がすぐに増えるわけではなく、人件費だけが先に上がっていくことに不安を感じる会社も多いと思います。
こうしたときに確認しておきたい支援策の一つが、厚生労働省の「業務改善助成金」です。
令和8年度の業務改善助成金については、交付申請の受付開始日が2026年9月1日と案内されています。
ただし、助成金は「使えそうだから後で申請しよう」と考えていると、タイミングを逃してしまうことがあります。
特に業務改善助成金は、賃金引上げと設備投資などをセットで考える助成金です。
そのため、最低賃金が改定されてから慌てるのではなく、今のうちから自社の賃金水準や設備投資の必要性を確認しておくことが大切です。
【業務改善助成金とは】
業務改善助成金とは、中小企業・小規模事業者が、生産性向上につながる設備投資などを行い、あわせて事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合に、その費用の一部が助成される制度です。
ここでいう「事業場内最低賃金」とは、その事業場で働く労働者の中で最も低い時間給のことです。
たとえば、パート・アルバイトの時給が一番低い場合、その時給が事業場内最低賃金になります。
月給者がいる場合でも、時間単価に直して確認する必要があります。
業務改善助成金は、単に賃金を上げればもらえる助成金ではありません。
賃金引上げとあわせて、業務の効率化や生産性向上につながる取組を行うことがポイントです。
たとえば、機械設備の導入、業務システムの導入、作業効率を上げる機器の購入、専門家へのコンサルティングなどが考えられます。
つまり、「賃上げ」と「働き方・業務の見直し」を一緒に進めるための制度と考えると分かりやすいです。
【最低賃金引上げとセットで考えたい理由】
最低賃金が上がると、会社は当然ながら賃金を見直す必要があります。
最低賃金を下回ることはできません。
ただ、最低賃金ぎりぎりの人だけを上げればよいかというと、実務ではそう簡単ではありません。
新人の時給を上げると、長く働いている人との差が縮まります。
パートの時給を上げると、月給者の時間単価とのバランスが気になります。
採用時給を上げると、既存社員から不満が出ることもあります。
最低賃金の引上げは、単なる時給修正ではなく、会社全体の賃金バランスに影響します。
だからこそ、賃上げだけを考えるのではなく、業務の効率化もあわせて考える必要があります。
たとえば、これまで手作業で行っていた業務をシステム化する。
時間がかかっていた作業を機械化する。
二重入力や紙の管理を減らす。
人に頼りきっていた作業を標準化する。
このような取組によって、同じ人数でも仕事を回しやすくなれば、賃上げに対応する余地も生まれやすくなります。
業務改善助成金は、このような見直しを後押しする制度です。
【中小企業がまず確認したい賃金の状況】
業務改善助成金を検討する前に、まず自社の賃金状況を確認しましょう。
特に見たいのは、事業場内で最も低い時間給です。
確認したい対象は、パート・アルバイトだけではありません。
正社員。
契約社員。
嘱託社員。
短時間勤務者。
試用期間中の社員。
月給制の社員。
固定残業代を含む社員。
このあたりも確認が必要です。
月給者については、月給を時間単価に換算して見る必要があります。
また、最低賃金の計算に入る手当と入らない手当があります。
通勤手当、家族手当、時間外割増賃金、賞与などは、最低賃金の確認で扱いに注意が必要です。
「総支給額では十分だから大丈夫」と思っていても、最低賃金の対象となる賃金だけで見ると、思ったより低いことがあります。
まずは、自社で一番低い時間単価がいくらなのかを把握することが第一歩です。
【助成金ありきで設備を買わない】
業務改善助成金を検討するときに気をつけたいのは、助成金ありきで設備投資を考えないことです。
助成金があるから何か買う、という順番ではなく、
今の業務でどこに時間がかかっているのか。
どの作業が社員の負担になっているのか。
人手不足の中で、どこを効率化したいのか。
賃上げを続けるために、どこを改善すべきか。
このように、まず会社の課題を整理することが大切です。
たとえば、飲食店であれば、配膳や注文受付、会計業務の効率化が考えられます。
小売業であれば、在庫管理やレジ周りの効率化が考えられます。
製造業であれば、作業機械や検査工程の見直しが考えられます。
介護事業所であれば、記録業務や情報共有の効率化が課題になることもあります。
大切なのは、「その設備投資によって、本当に業務が改善するのか」という視点です。
助成金を受けることが目的になってしまうと、導入後に使われない設備や、現場に合わない仕組みが残ってしまうことがあります。
それでは本末転倒です。
【申請前に実施してしまうと対象外になる可能性がある】
助成金で特に注意したいのが、実施のタイミングです。
業務改善助成金では、賃金引上げや設備投資などは、これから実施するものが対象とされています。
つまり、申請前にすでに設備を購入してしまったり、計画に沿わずに先に進めてしまったりすると、助成対象にならない可能性があります。
ここは非常に大事です。
「どうせ必要な設備だから、先に買っておこう」
「賃金も先に上げてから申請すればよいだろう」
このように進めると、あとから助成金の対象外になることがあります。
助成金は、制度ごとに申請の順番や必要書類、実施時期が決まっています。
業務改善助成金も、申請、交付決定、事業実施、実績報告という流れを確認して進める必要があります。
設備投資や賃上げを考えている会社ほど、早めに申請の流れを確認しておきましょう。
【どのような会社が検討しやすいか】
業務改善助成金は、すべての会社に必ず合うわけではありません。
ただ、次のような会社は一度確認してみる価値があります。
パート・アルバイトの時給が最低賃金に近い会社。
最低賃金改定のたびに賃金見直しで悩んでいる会社。
人手不足で現場の負担が大きい会社。
業務の効率化に必要な設備投資を考えている会社。
手作業や紙の管理が多い会社。
残業や休日出勤を減らしたい会社。
賃上げとあわせて生産性向上を進めたい会社。
特に中小企業では、「人を増やせないなら、今いる人が働きやすくなる仕組みを作る」という視点が大切です。
人件費が上がることだけを見ると負担に感じますが、同時に業務効率が上がれば、会社全体の働き方を見直すきっかけになります。
【申請には計画性が必要】
助成金は、条件に合えば自動的にもらえるものではありません。
申請書類を作成し、計画を立て、必要な取組を行い、実績報告をする必要があります。
そのため、思いつきで進めるのではなく、計画性が必要です。
たとえば、次のような点を整理しておきましょう。
どの事業場で申請するのか。
事業場内最低賃金はいくらか。
何円引き上げる予定か。
何人の賃金を引き上げるのか。
どの設備やサービスを導入するのか。
その設備投資でどの業務が改善されるのか。
見積書など必要書類を準備できるか。
導入や支払いのスケジュールに無理はないか。
賃金規程や就業規則の見直しが必要か。
このあたりを整理しないまま進めると、途中で手続きが止まってしまうことがあります。
特に、設備の納品時期や支払い時期、賃金引上げのタイミングは重要です。
会社の都合だけでなく、助成金の期限にも合わせる必要があります。
【就業規則や賃金規程も確認する】
賃金を引き上げる場合、就業規則や賃金規程の確認も必要です。
特に、賃金表を作っている会社や、時給額を規程に書いている会社では、変更が必要になる場合があります。
パート・アルバイトの時給を個別契約だけで決めている会社でも、雇用契約書や労働条件通知書の見直しが必要になることがあります。
また、最低賃金に近い社員だけを引き上げる場合、他の社員とのバランスにも注意が必要です。
たとえば、新人の時給が上がった結果、長く働いている人との差がほとんどなくなってしまうことがあります。
この場合、既存社員の不満につながることもあります。
賃上げは、対象者だけを見て決めるのではなく、会社全体の賃金バランスを確認しながら進めることが大切です。
【不正受給には注意が必要】
助成金を扱ううえで、絶対に避けなければならないのが不正受給です。
実際には行っていない取組を行ったことにする。
実態と違う書類を作る。
賃金を引き上げたように見せる。
設備投資の内容を偽る。
こうしたことは絶対にしてはいけません。
厚生労働省のページでも、不正受給は処罰対象となり、公表される可能性があると案内されています。
助成金は、正しく使えば中小企業にとって心強い制度です。
しかし、無理に要件に合わせようとすると、かえって大きなリスクになります。
「必ずもらえる」
「書類だけ整えれば大丈夫」
「実態はあとで合わせればよい」
このような話には注意が必要です。
助成金は、会社の実態に合った取組を、正しい手順で進めることが基本です。
【社労士に相談するメリット】
業務改善助成金は、賃金、労働時間、就業規則、雇用契約、設備投資の計画など、複数の要素が関わります。
そのため、単に申請書を書けばよいというものではありません。
会社の賃金水準がどうなっているか。
最低賃金を下回るリスクがないか。
どの社員の賃金を引き上げるのか。
雇用契約書の変更が必要か。
就業規則や賃金規程の見直しが必要か。
助成金のスケジュールに間に合うか。
こうした点を確認しながら進める必要があります。
社労士に相談することで、自社が制度の対象になりそうか、どのような準備が必要かを整理しやすくなります。
もちろん、相談したからといって必ず助成金が受けられるわけではありません。
ただ、早めに確認しておくことで、「申請できると思っていたのに対象外だった」「先に設備を買ってしまって対象にならなかった」という失敗を防ぎやすくなります。
【中小企業が今確認したいチェックポイント】
業務改善助成金を検討する前に、中小企業が確認したいポイントを整理します。
自社の事業場内最低賃金を把握しているか。
月給者も時間単価に換算して確認しているか。
最低賃金に近い従業員が何人いるか。
今後、賃金引上げが必要になりそうな従業員を把握しているか。
業務効率化のために必要な設備やシステムがあるか。
その設備投資が生産性向上につながるか。
申請前に設備購入や賃金引上げを進めていないか。
見積書など必要書類を準備できるか。
賃金規程や雇用契約書の見直しが必要か。
助成金の申請スケジュールを確認しているか。
不正受給にならないよう、実態に合った計画になっているか。
すべてを一度に完璧に整理する必要はありません。
まずは、自社の最低時給と、改善したい業務を確認するところから始めるとよいでしょう。
【まとめ:業務改善助成金は賃上げと業務改善を一緒に考える制度】
最低賃金の引上げは、中小企業にとって大きな負担です。
しかし、賃上げを避け続けることはできません。
採用や定着を考えても、今後は賃金水準の見直しがますます重要になります。
その一方で、ただ人件費だけが増えていく状態では、会社の経営が苦しくなってしまいます。
だからこそ、賃上げとあわせて業務改善を考えることが大切です。
業務改善助成金は、生産性向上につながる設備投資などを行い、事業場内最低賃金を引き上げる会社を支援する制度です。
うまく活用できれば、賃上げへの対応と業務効率化を同時に進めるきっかけになります。
ただし、助成金は正しい順番で進める必要があります。
申請前に設備を購入したり、計画を立てずに進めたりすると、対象外になる可能性があります。
また、制度の内容や要件は年度によって変わることがあります。
検討する場合は、必ず最新情報を確認しましょう。
最低賃金の改定が本格化してから慌てるのではなく、今のうちに自社の賃金水準、業務の課題、設備投資の必要性を整理しておくことが大切です。
賃上げを単なる負担で終わらせず、働きやすく、利益を出しやすい職場づくりにつなげていきましょう。
出典:
厚生労働省「業務改善助成金」
厚生労働省「賃上げ支援助成金パッケージ」
厚生労働省「最低賃金引上げに向けた中小企業・小規模事業者への支援事業」
※助成金や法改正の内容は変更される場合があります。実際の申請・対応にあたっては、最新の公的情報をご確認ください。

